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| 血液データ基準値 |
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★白血球数(WBC)
3.0-9.5 x1000mm3
★血色素量(Hb)
13.0-17.0 g/dl
★血小板数(PLT)
130.0-370.0 x1000mm3
※基準値の設定は機関によって異なります。
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| プロフィール |
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Author:患者の妻
【じおん(元患者)プロフィール】 腰痛持ち40代男性。会社員 趣味はゴルフ、陶芸、勉強(?) 次の世界では「じおん」という法名を頂きました。
2004年7月 急性骨髄性白血病(M2)と診断される
2004年7月-2005年2月 化学療法にて治療。 途中で脳膿瘍を併発し、オデコに穴を開け手術を受ける。手術後に、記憶、言語、判断力に障害が出て妻を大いに焦らせるが、程なく回復。 その後白血病の治療も予定のコースを終えて、無事退院。
脳膿瘍の後遺症で夜中にてんかん発作(大発作)を起し、救急車で運ばれる。
2005年3月 再発に備え痔の手術を受ける 入院中にもてんかん発作。
2005年5月 社会復帰
2006年11月 再発と診断され、再入院中。 再寛解導入法開始。骨髄バンク登録をする。
2007年6月に決まった骨髄移植日の1ヶ月前に再々発(>_<) 治療をするも、寛解に至らず。
2007年6月28日 転院し、非寛解の状態で前処置に入り臍帯血移植を受ける。
2007年7月 HHV6ウィルスに感染し、脳炎の合併症を起し、見当識障害、記憶障害を起す。
2007年8月 移植後1.5ヶ月での早期再発。。。day62で永眠
■2004年〜2006年再発の頃までは、リンクにある管理人HP「患者の様子をお話ししましょう」でどうぞ。
【じおんの妻(元患者の妻)プロフィール】 会社員。マイペースでダンスやピラティスが好き。 もの作りが好きで、銀粘土のインストラクターの資格もありますが、最近は手付かずです。
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| 白血病なんて、うんたらた〜 急性骨髄性白血病(M2)と闘った夫の闘病の記録と妻の日記です()。 夫は2007年6月28日に臍帯血移植を受けましたが、day48にして再発、day62で永眠しました。 |
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| day 28 |
今日も病気の経過を一から説明しました。(日課になっています) 今日はさらにしっかりしてきたので、そろそろノートに経過の概要を書いておいて、判らなくなってしまったら、いつでもそれを読めるようにしておこうかと思います。
ただ、そのノートの存在を思い出してくれるかどうかって問題はあるのですが・・( ̄ー ̄;) ぱっと見て判るように表紙に何か書いておこう・・。
午前中はマルクをやり、胸に絆創膏がついていました。 午後に私が行った時には、マルクをやったことは覚えていませんでした。
午後は脳波の検査でしたが、2時間後には覚えていませんでした。 一緒に下に行ったじゃない?という聞きかたをすると、他の階に移動した事は少しは覚えていたようです。
晩御飯の後の歯磨き後、ハブラシやらコップを片付けたら、「あれ?これから歯を磨くよ」・・って5分も経たない内にもう忘れてました。^_^; 夫の兄と一緒に笑ってしまったら、「ちょっと笑わせてあげようと思ったんだよ」と、ちょっと悔しそうに言い返せるようになりました。
最近の内容はっかり脳炎メインになってしまいましたね。 咳は相変わらずですが、頻度は減ったように思います。 まだ顕著なGVHDは出ていません。 発作以降ずっとつけていた酸素は、昨日外してみたのですが、寝てしまうと酸素量が減るので、就寝時だけまだつけるようにしています。 肺活量も弱くなってしまったのかもしれませんね。
この酸素のチューブの当て方も、記憶力が低いので、なかなか覚えられません。経過ノートに付け方の絵も書いておく事にしよう。
トイレの帰りも自分の病室を通りすぎてしまうので、まだ付き添いが必要です。 自力で帰れるように、何か貼らせてもらおうかな。
携帯のメールも読むようになってきましたが、操作方法があやふやで、まだ助けが必要です。
こう書いていると、まだまだ大変だと感じると思いますが、10日前と比べたら行動範囲、理解力、集中力、意欲など、物凄く進歩したんですよ〜。 最近はあまり手を出さずに、まず自分でやらせるようにしています。
私もやっとご飯を美味しく食べられるようになって来ました 明日は病院に行く前に友人とランチの予定です。
でも、気を許していると、また何があるか判らないのがこの病気なんですよね・・
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