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プロフィール

Author:患者の妻
【じおん(元患者)プロフィール】
腰痛持ち40代男性。会社員 
趣味はゴルフ、陶芸、勉強(?)
次の世界では「じおん」という法名を頂きました。

2004年7月
急性骨髄性白血病(M2)と診断される

2004年7月-2005年2月
化学療法にて治療。
途中で脳膿瘍を併発し、オデコに穴を開け手術を受ける。手術後に、記憶、言語、判断力に障害が出て妻を大いに焦らせるが、程なく回復。
その後白血病の治療も予定のコースを終えて、無事退院。

脳膿瘍の後遺症で夜中にてんかん発作(大発作)を起し、救急車で運ばれる。

2005年3月 
再発に備え痔の手術を受ける
入院中にもてんかん発作。

2005年5月 
社会復帰

2006年11月 
再発と診断され、再入院中。
再寛解導入法開始。骨髄バンク登録をする。

2007年6月に決まった骨髄移植日の1ヶ月前に再々発(>_<) 治療をするも、寛解に至らず。

2007年6月28日
転院し、非寛解の状態で前処置に入り臍帯血移植を受ける。

2007年7月
HHV6ウィルスに感染し、脳炎の合併症を起し、見当識障害、記憶障害を起す。 

2007年8月
移植後1.5ヶ月での早期再発。。。day62で永眠


■2004年〜2006年再発の頃までは、リンクにある管理人HP「患者の様子をお話ししましょう」でどうぞ。

【じおんの妻(元患者の妻)プロフィール】
会社員。マイペースでダンスやピラティスが好き。
もの作りが好きで、銀粘土のインストラクターの資格もありますが、最近は手付かずです。

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白血病なんて、うんたらた〜
急性骨髄性白血病(M2)と闘った夫の闘病の記録と妻の日記です()。 夫は2007年6月28日に臍帯血移植を受けましたが、day48にして再発、day62で永眠しました。
day 20
病院についたら、TVを見ながらちょうど体拭きをしてもらっていました。その後はおとなしくしていたようで、ミトンもとれていました。
すこしは判断力がついたという事なのでしょう。

今朝はベッドの上でですが、自分で歯磨きをして、トイレも、ポータブルのものを使って済ませることができました。
久しぶりにTVもつけ、私が到着したときには、NHKで地震のニュースを見ていました。
まだぼーっとした表情ですが、「すごいね」等と感想もいえるので、内容は理解しているようです。

NHKの体操の番組になると「懐かしいねぇ」と。
この番組は体操のお姉さん達が3人、背の順に並んで立っている所が気に入った様子でした。(普通見過ごしてしまうポイントですね^_^;)
そういえば脳膿瘍の術後も、物の並び方/並べ方にこだわっていました。

その後選挙の番組になり、画面に候補者と政党の文字表示だけが、数分映し出されるようになったら、TVが動かなくなったと思ってしまったようです。^_^;

小さな子供とTVをみていたら、こんな感じかなぁ?って感じですね。

その後はハニカミ王子(てゆーか、ゴルフにだと思うのですが)に興味をしめしていました。

問題の記憶について。
今日観察した様子だと、現実と夢がゴチャゴチャになっているように感じました。
痙攣止めも使っているし、いつも飲んでいる薬も量をふやしているので、眠気が強く、短時間でも深い眠りに付くようです。
目覚めた後は、一晩ねたのか、朝なのか夜なのか、全く判らなくなり、必ず時間を質問して、「泊まったの?」とか「呼ばれちゃったの?」と質も門します

寝ている間も寝言を言うので、多分夢をみているのでしょう。
ふとした時に思い出すのか、急にヘンな事を言い始めます。
でも今日はあまり否定的にならず、あまり話の腰は折らないようにしておきました。

一方でしっかりしている面もあり、看護士さんがしゃっくりが辛ければ、しゃっくり止めの点滴しますか?と質問したら、「使ってもいいかどうか、先生に確認をお願いします」と頼んだり、私が冷えピタシートを貼ろうとしたら、「看護婦さん、これを今貼っても大丈夫ですか?」と確認をしていました。

夜の担当の看護士さんが挨拶に来た時には、何時から何時までか?と聞いたり、ちゃんと「よろしくお願いします」と挨拶していました。

点滴の薬は気になるようで、何回も、「これは何が入っているの?」と確認します。
ベッドサイドのワゴンに、精神安定剤のアンプルが置いてあったら、それも気になったようです。病室にだれもいなくなった時に、覗き込んで確認していました。
私が部屋に戻ると、すぐ元の姿勢に戻り、子供が親のいない隙に何かを覗き見したような感じでした。

今日の記憶に関する質問は二つ。
「私が誰だか判る?」と、「今何歳ですか?」です。
私の事は、判ったり判らなかったり、2勝1敗でした。
年齢は、暫く考えたあと、30歳と言いました(本当は40台)。
生年月日はいえますが、今が何年なのか、何月なのか、よくわかっていません。本当の年齢を言ったらびっくりしていました。

痙攣はごく軽い、10秒位のものが2回ありました。

私の記録代わりにもなっているので、ダラダラかいててすみません。
いつか夫が読み返して「うそ〜、オレこんなだったの?」と話せる日が来ると信じて頑張ります。
昨日よりは現実を受け入れる事ができてます。

白血球は600に上がりました。

皆様、応援ありがとうございます。m(__)m




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